「奇術師のためのルールQ&A集」第66回
IP-Magic WG
Q:国内特許を取得した道具の模造品が米国から輸入されていますが、国内特許により米国製の模造品を取り締まることはできないのでしょうか?
マジックショップの経営者です。数年前に時計を用いたマジックの道具を開発しました。客が任意の時刻を心に思うと、時計の針がぐるぐると回り出し、客が思った時刻で針が止まる、という現象を可能にする道具です。客が思った時刻を無線リモコンを使って時計に送信すると、時計内に組み込まれた電子回路が、針をぐるぐる回して当該時刻でストップさせるという原理です。
この時計と無線リモコンについて「奇術用置き時計」という特許を取得し、現在、国内で販売中です。ところが最近、ライバルのマジックショップR社が、この道具の模造品を米国のマジック製造業者であるX社から輸入して日本国内で販売していることがわかりました。
そこでR社に対して、この道具は私が国内特許を取得している製品であるから、輸入販売を中止するように申し入れましたが、R社からは、国内特許は外国では効力がないので、米国X社の製品を輸入販売する行為は合法である、との回答がありました。R社は、輸入販売を中止する気は全くないようです。更に悪いことに、私が取得した国内特許と全く同じ内容を、米国X社が米国に出願して米国特許を取得していることが判明しました。どう見ても、私の考案した時計をパクって米国出願したとしか考えられません。
米国X社の製品を輸入販売しているR社には、泣き寝入りするしかないのでしょうか? また、将来、私の製品を米国の友人が経営するマジックショップを通じて米国で販売することを計画していますが、私の製品はX社が保有する米国特許に抵触してしまうのでしょうか?
A:R社の輸入販売行為は、あなたの国内特許を侵害する違法行為になるので、法的に中止を申し入れることができます。また、X社が取得した米国特許は、米国での法的手続を経て取り消すことができます。
世界各国の特許法は「属地主義」という制度を採用しており、日本の特許権は日本国内でのみ有効であり、米国の特許権は米国国内でのみ有効となります。したがって、R社の回答の中での「国内特許は外国では効力がない」という主張は正しいです。あなたが取得した国内特許は、日本国内での行為については効力がありますが、外国での行為については効力がありません。
したがって、あなたが米国特許を取得していない以上、X社が、あなたが考案した時計の模造品を米国国内で製造し、米国国内で販売しても、日本の国内特許に基づいてこれを中止させることはできません。また、X社がこの模造品を日本のR社に対して輸出する行為も、日本の国内特許の効力の範囲外ということになり、中止させることはできません。
しかしながら、日本国内への輸入行為は、日本の国内特許の効力が及ぶ行為になります。日本の特許法では、他人の特許製品を勝手に日本国内で製造したり、販売したりする行為だけでなく、日本から外国へ輸出したり、外国から日本に輸入したりする行為も違法行為と規定されています。
上述したように、米国で模造品を製造し、これを米国から日本向けに輸出しているX社の行為は、あくまでも米国国内での行為になるので、あなたの国内特許には抵触せず、違法性はありません。しかし、この模造品を日本国内に輸入しているR社の行為は、日本国内での行為になるので、あなたの国内特許に抵触する違法行為です。つまり、この模造品は、米国で製造された時点では適法な製品ですが、日本国内に輸入された時点で違法な製品になるわけです。
結局、R社の回答のうち、「国内特許は外国では効力がない」という主張は正しいですが、「米国X社の製品を輸入販売する行為は合法である」という主張は誤りです。R社は、輸入した模造品を国内で販売しているわけですから、模造品を「輸入」する行為だけでなく「販売」する行為も行っていることになり、どちらの行為もあなたの国内特許を侵害する違法行為になります。
したがって、今回のケースでは、米国でX社が製造した製品であっても、日本国内に輸入する行為や、日本国内で販売する行為は違法行為である旨の説明をR社に対して行い、輸入販売の中止をあらためて求めるのがよいでしょう。
R社がこれを拒絶して輸入販売を継続した場合には、裁判所に、輸入販売を法的に中止させる命令を出してもらうことや、在庫があればこれを廃棄させる命令を出してもらうこともできます(差止請求権の行使)。更に、R社の輸入販売行為により、あなたのマジックショップの売上が減少するなどの損害を被っている場合には、R社に対して損害額を賠償するように求めることもできます(損害賠償請求権の行使)。
また、知的財産権を侵害する模造品については、関税定率法に基づいて、輸入差止申立を行う制度もあります。具体的には、所轄の税関長に対して、どのような侵害製品が輸入される可能性があるかを記載した輸入差止申立書を提出するのです。全国にはいくつもの税関があるので、米国X社からの模造品が陸揚げされると予想される税関に対して申し立てを行う必要があります。今回の事例の場合、輸入を行うR社の住所に近い税関に対して申し立てを行うとよいでしょう。
税関で、模造品と思われる製品についての通関申請があると、申立人に対して、その旨の連絡が入ります。模造品は保税倉庫に一時保管されているので、あなたの特許を侵害する製品であるか否かの検証を行うことができます。違法な侵害品であると認定されれば、そこで通関はストップされ、必要に応じて廃棄処分などがなされます。このように、輸入差止申立制度を利用すれば、X社から送られてきた模造品を税関でストップさせる水際対策を取ることができます。
一方、X社は、あなたが考案した時計と同じ内容の道具について米国特許を取得している、とのことですが、X社の米国特許が成立している以上、あなたの製品を米国に輸出して、友人のマジックショップを介して販売すると、少なくともこのマジックショップの販売行為は、形式上、X社の米国特許を侵害する違法行為になります。したがって、あなたの製品を米国市場でも販売したい場合は、X社の特許を取り消すための何らかのアクションを起こす必要があります。
米国では、一旦成立した特許を取り消すために、再審査やレビューと呼ばれる手続があります。この手続によりX社の特許を取り消すには、X社の特許が無効であることを示す証拠を提示する必要があります。今回のケースの場合、いくつかの無効理由が考えられます。
第1の無効理由は、「X社があなたの発明を盗んで米国出願をした」というものです。つまり、この「奇術用置き時計」の真の発明者は、X社の社員ではなく、日本人であるあなたであり、X社の米国出願は、偽の発明者による出願である、という主張をすることになります。このX社の特許については「どう見ても、私の考案した時計をパクって米国出願したとしか考えられません。」との感想をお持ちのようなので、おそらく真実はそのとおりなのでしょう。このような出願は「冒認出願」と呼ばれ、潜在的に無効理由を含むことになります。
ただ、この第1の無効理由を立証するのは、かなり難しいと思います。X社としては「うちの社員が発明したものだから、有効な特許だ!」と主張するでしょう。米国特許で発明者とされているX社の社員を尋問しても、「日本の奇術道具など見たこともない。この時計は私が発明したものだ!」と言い張れば、これを覆すことは困難です。実際のところ、この第1の無効理由を立証するためには、たとえば、X社が、米国特許の出願前に、あなたの時計を入手した事実を示す証拠(X社による発注書など)が必要になるでしょう。
第2の無効理由は、「X社の米国出願前に、たとえば日本において、この時計が販売されていた」というものです。特許製品を一般市場で販売する行為は「公然実施」と呼ばれており、米国をはじめ多くの国では、特許出願前にいずれかの国で公然実施されていた製品については特許を受けられない、という規定があります。したがって、X社の米国出願前に、既にこの時計が日本で販売されていたことを立証すれば、X社の特許は無効になります。販売事実を立証する証拠としては、日付の入った伝票や、日付の入ったカタログなどが有力です。
第3の無効理由は、「X社の米国出願前に、たとえば日本で発行された刊行物に、この時計の仕組みが公開されていた」というものです。今回のケースでは、この第3の無効理由を主張するのが一番簡単で効果的と思われます。あなたは、既に国内特許を取得しているわけですから、この国内特許の取得過程で、日本の特許庁より「公開特許公報」が発行されているはずです。この「公開特許公報」が、X社の米国出願前に発行されているのであれば、この公報を証拠として提出することにより、X社の特許を無効にできます。
ただ、いずれにしても、米国の特許事務所を通して手続を行うことになるので、翻訳料などを含めて費用は100万円を超えると思われます。したがって、米国への輸出を検討している場合は、費用対効果を検討する必要があるでしょう。
(回答者:志村浩 2022年3月19日)
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