「奇術師のためのルールQ&A集」第79回
IP-Magic WG
Q:マットの上に伏せて置いたカードを磁気的に認識し、カード名を電波で受信機に伝達して液晶表示させる奇術用具について、先日、特許出願を行いました。ところがその後、メガネ型受信機を用いて、カード名を音声で伝える新型を考えつきました。先日出願した旧型の特許の内容に、この新型の内容を追加することは可能でしょうか?
52枚のカードにそれぞれ見えない磁気スタンプを押し、マットの下に仕込んだ磁気読取装置で読み取るシステムを開発しました。磁気スタンプは、個々のカードのカード名を示しているので、磁気読取装置を用いれば、その上方に置かれた裏向きのカードについてカード名を密かに読み取ることができます。
読み取ったカード名は、液晶表示型の受信装置に電波で送信され、液晶表示面に読み取ったカード名が表示されます。たとえば、クラブの4が裏向きのまま、磁気読取装置の上方のマットに伏せて置かれた場合、このクラブの4に押された磁気スタンプを読み取ることにより、このカードがクラブの4であることが認識され、その情報が電波で受信装置に伝送され、液晶ディスプレイに「クラブの4」というカード名の表示がなされます。
そこで、磁気スタンプが押された1組のデック、磁気読取装置、液晶表示型の受信装置の組み合わせについて、先日「カード当て奇術用具」として特許出願を行いました。ところが最近、液晶表示型の受信装置の代わりに音声型の受信装置を用いる新型の開発に成功しました。この音声型の受信装置は、メガネの形状をしており、電波で受信したカード名を、メガネのつるの部分に埋め込まれた小型イヤホンから、「クラブの4!」のような音声として知らせることができます。
液晶表示型の受信装置を用いる旧型の場合、液晶表示面に表示されたカード名をグリンプスの技法を使って密かに見る必要がありますが、メガネ音声型の受信装置を用いれば、メガネをかけているだけでカード名が音声で知らされるため、全く自然な演技を行うことができます。そこで、このメガネ音声型の受信装置を用いた新型についても特許に組み入れたいと思いますが、既に出願済みの特許に新型の内容を追加することは可能でしょうか?
A:旧型の特許出願から1年以内であれば、国内優先出願制度を利用して、液晶表示型(旧型)とメガネ音声型(新型)の両方についての特許を取得できます。
まず、原則として、特許出願を行った場合、出願後に新たな発明の内容を追加することはできません。出願後の誤記の訂正などは認められていますが、新しい発明概念を追加することは認められていないのです。この原則に従えば、液晶表示型の受信装置を用いる旧型の特許出願の内容に、今からメガネ音声型の受信装置を用いた新型の内容を追加することはできないことになります。
このような運用が採られているのは、特許の世界では「先願主義」が採用されているからです。たとえば、Aさんがある発明をした後、Bさんが、Aさんの発明を知らないで偶然、同じ発明をしたとしましょう。つまり、全く同じ発明が、偶然、AさんとBさんの二人によってなされたことになります。この場合、AさんとBさんがそれぞれ特許出願をしたとすると、どちらか一方だけの出願が認められます。どちらの特許出願が認められるかは、「早い者勝ち」という原則によって決定されます。
ここで、「早い者勝ち」の「早い」というのは、何が早いことを意味しているのでしょうか? 「発明の時期が早い」という意味でしょうか? あるいは「出願の時期が早い」という意味でしょうか? 実は前者の立場をとる運用を「先発明主義」と呼び、後者の立場をとる運用を「先願主義」と呼びます。上例の場合、「先発明主義」を採用すると、AさんとBさんのどちらが先に出願したとしても、先に発明したAさんの出願だけが認められ、特許はAさんに付与されます。これに対して「先願主義」を採用すると、AさんとBさんのうち、先に出願した者の出願だけが認められ、特許は先に出願した者に付与されます。つまり、Aさんが先に発明していたとしても、Bさんの出願の方が早ければ、遅く発明したものの出願は早かったBさんに特許が付与されることになります。
「先発明主義」と「先願主義」、どちらが正しい運用でしょうか? 気持ち的には「先発明主義」が正しいと考える人が多いかと思います。上例の場合、Aさんの方が先に発明を思いついたのだから、特許出願という手続がBさんよりも遅れたとしても、先に思いついたAさんに特許を付与すべきだ、という考え方に一理あります。しかし、現在では、世界中の国が「先願主義」を採用しています。なぜでしょうか?
それは、発明の時期を立証することが非常に困難だからです。「先発明主義」を採用した場合、同じ発明について複数人からの特許出願があった場合、最も早く「発明した」のは誰か?ということが問題になります。「発明のアイデアを思いつくこと」は、人間の頭の中での出来事なので、「発明日」を客観的に証明することはほぼ不可能です。したがって、実務上は、アイデアを書き留めたメモや発明日誌などを証拠として提出して争うことになるのですが、仮にメモなどに日付の記載があっても、その信憑性には疑いが生じる余地があります。
これに対して、「先願主義」を採用した場合、同じ発明について複数人からの特許出願があった場合、最も早く「出願した」のは誰か?ということが問題になりますが、「出願日」を立証することは非常に容易です。出願書類は特許庁に提出され、特許庁において、出願の年月日が記録されるので、出願日には疑いが生じる余地がありません。このような実務上の利点があるため、昔から多くの国が「先願主義」を採用しておりました。最後まで「先発明主義」を採用していた米国も20年ほど前に「先願主義」に転向したため、現在では、すべての国が「先願主義」を採用するに至っています。
このように「先願主義」を採用した場合、「どのような発明」が「いつ出願された」か、ということが重要になってきます。出願後に新たな発明の内容を追加することができないのは、このような理由によるものです。出願日は個々の出願ごとに認定されるので、ご質問のケースの場合、旧型発明(液晶表示型)の出願に、後日、新型発明(メガネ音声型)の内容を追加できるようにすると、新型発明の内容まで、旧型発明の出願日に出願されていたことになり不合理です。
たとえば、Aさんが4月に旧型発明の内容を特許出願し、9月に新型発明の内容を前記特許出願に追加できるような制度になっていた場合を考えてみてください(実際は、このような制度にはなっていません)。この場合、もしBさんが6月に新型発明の内容を特許出願していたとするとどうなるでしょう。Aさんの特許出願には、旧型発明の内容だけでなく新型発明の内容も含まれており、Aさんの特許出願日は4月なので、Bさんの特許出願はAさんの特許出願より遅いことになり、Bさんは、出願日先後の争いに関して負けてしまいます。
この例の場合、新型発明に関しては、Bさんは6月に出願しているので、Aさんが新型発明を追加した9月より早い時期に出願を完了していたことになり、本来は、新型発明はBさんに特許付与すべきです。このように、出願後に新たな発明を追加できるような制度を採用すると不合理が生じます。このため、実際の制度では、出願後には、その出願に新たな発明の内容を追加することはできないようになっています。
したがって、今回のケースでは、旧型発明(液晶表示型)の出願に、新型発明(メガネ音声型)の内容を追加することはできないので、基本的には、新型発明については新規の別出願を行う必要があります。ただ、特許出願を行うには、1件ごとにそれぞれ費用(出願料、審査料、登録料など)がかかります(1件の特許出願に必要な概算費用については、Q&A集第35回を参照してください)。
このため、できれば旧型発明と新型発明とを1件の出願にまとめるのが好ましいと言えます。このような要望に応えるため、例外的な措置として、国内優先出願制度が設けられています。この制度を利用すれば、旧型発明と新型発明とを1件の出願にまとめることが可能です。
今回のケースについて、この国内優先出願制度を利用した手続の概要を簡単に説明しておきます。ここでは、Aさんが4月に旧型発明(液晶表示型)の内容を特許出願し、その後、9月に新型発明(メガネ音声型)を思いついた、という例を考えてみます。前述のように、9月に思いついた新型発明の内容を、4月の特許出願(旧型発明の内容)に追加することは許されておりません。
そこで、Aさんは、国内優先出願制度を利用した新たな出願(国内優先出願)を行えばよいのです。この新たな国内優先出願には、旧型発明(液晶表示型)の内容と新型発明(メガネ音声型)の内容との両方を記載しておきます。実務的には4月に出願した旧型発明(液晶表示型)の内容をそっくりと盛り込み、更に、新型発明(メガネ音声型)の内容を追加した新たな出願を9月に行えばよいのです。いわば、出願の出し直しをすることになります。
この国内優先出願(出し直し出願)の出願日は、書類を提出した9月になってしまいます。旧型発明の出願日が4月であったのに、これに新型発明を追加して出し直しをした国内優先出願の出願日は、半年近く後の9月になるわけです。これだと、4月~9月の間に、他人が同じような発明の出願をしていた場合に不安が残りますよね。旧型発明についての本来の出願日は4月であるのに、出し直しによって出願日が9月に繰り下がってしまうと、4月~9月の間に、他人が旧型発明について出願をしていたとすると、出願日先後の争いに関して、その他人には勝てなくなってしまいます。
そこで、国内優先出願の場合、出し直しの元になった出願(旧型発明について4月に行った出願)に記載されていた発明については、疑似的に、出願日を当該元の出願の出願日(4月)に遡及させる、という措置が採られるのです。要するに、今回のケースの場合、国内優先出願(出し直し出願)の出願日は、書類を提出した9月になりますが、出し直しの元になった出願に記載されていた旧型発明についての出願日は、疑似的に4月に遡及させる運用が採られることになります。
別言すれば、旧型発明(液晶表示型)についての出願日は4月とする扱いを行い、新型発明(メガネ音声型)についての出願日は実際の出願日である9月とする扱いを行うことになります。したがって、4月~9月の間に、他人が旧型発明について出願をしていたとしても、旧型発明の出願日先後の争いに関しては、その他人に勝てるわけです。国内優先出願の「優先」という語句は、旧型発明の出願日先後の争いに関して、4月~9月の間の他人の出願よりも優先して扱われる、という意味です。
この国内優先出願を行った場合、元になった出願(4月に出願した旧型発明の出願)は自動的に取り下げになります。つまり、旧型発明と新型発明とは、この国内優先出願にまとめて1本化され、実際の手続は、この国内優先出願についてのみ進めてゆけばよいことになります。このため、出願の手間や費用は1件分に収まるわけです。
このように、既に出願が完了した特許出願について、新たに思いついた改良発明を追加したい場合には、国内優先出願を利用すると便利です。ただ、国内優先出願を行うことができるのは、元になった出願の出願日から1年以内と定められています。したがって、今回のケースの場合、旧型発明(液晶表示型)について4月某日に出願を完了したとすると、新型発明(メガネ音声型)を追加した国内優先出願は、来年の4月某日までに行う必要があります。
(回答者:志村浩 2022年6月18日)
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