「奇術師のためのルールQ&A集」第80回

IP-Magic WG

Q:5人のグループで考案したオリジナルマジックについて特許出願する場合、特許の権利者はそのグループになるのでしょうか?

社会人のマジッククラブで、時々、ブレーンストーミングと称して、複数人のグループごとに、それぞれオリジナルマジックを開発するための集まりを開いています。先日、5人のメンバーからなるグループで話し合いを行い、鍵と錠前を使ったオリジナルマジックを考案し、試作品を制作しました。このマジックの現象は次のとおりです。

演技者は、鍵と錠前のペアー3組を客に渡し、それぞれの鍵がペアーとなる特定の錠前の解錠を行うことができることを確認してもらいます。もちろん、ペアーでない鍵では錠前の解錠はできません。次に、演技者は、3個の錠前をすべて施錠した後、3本の鍵をキーホルダーとなるリングに通します。そして、3本の鍵のついたキーホルダー全体をハンカチで覆い、ハンカチごしにキーホルダーのリングの部分をつかんで持ち上げます。

続いて、客に、3個の錠前の中から1つだけを選んでもらいます。ここで演技者が指を鳴らすと、1本の鍵だけがキーホルダーのリングを外れて、ハンカチの下から落下します。落下した鍵を客に渡して、選んだ錠前に差し込んで回してもらうと見事に解錠ができるのです。

このようなオリジナルマジックを演じることができる道具(鍵と錠前)を考案したので、これを大手のマジックショップに売り込んで量産してもらうつもりですが、その前に特許を出願しておくつもりです。この場合、特許の権利者は、5人のメンバーからなるグループの名義になるのでしょうか? なお、このオリジナルマジックの考案にあたり、5人のメンバーが果たした役割は次のとおりです。

Aさん:グループの班長さん。マジックについてのアイデアは出していないが、ブレーンストーミングをまとめるリーダーとしての役割を果たす。

Bさん:このマジックについて、最初のアイデアを出した人。最初のアイデアでは、3本の鍵だけを使い、錠前は使わない。鍵には1~3の番号が振られており、これをキーホルダーに通してハンカチを掛けてリング部分をハンカチごしに保持する。そして、客に1~3の番号を選択させた後、指を鳴らすと、客が選択した番号の鍵だけがリングから外れてハンカチの下に落下する、という現象を考えた人。

Cさん:Bさんの考えた現象(客が選択した番号の鍵だけが落下する)を実現するための具体的な仕掛けを考えた人。この仕掛けによると、番号2番の鍵だけをタネの鍵として、このタネの鍵の頭の部分にシェルを被せる。タネの鍵をキーホルダにつける際には、シェルをスライドさせてシェルの穴だけをリングに通し、タネの鍵本体の穴はリングに通さないようにする。客に2番の鍵をフォースして選択させた後、指を鳴らすと、シェルを残してタネの鍵本体だけがシェルからスライドして落下する。

Dさん:3本の鍵に加えて、これらの鍵で解錠できる3個の錠前を用意し、客には、鍵の番号を選択させるのではなく、錠前を選択させるようにし、ハンカチから落下したタネの鍵により、選択された錠前が解錠される、という現象を考えた人。

Eさん:Dさんの考えた現象(タネの鍵により、選択された錠前が解錠される)を実現するための具体的な仕掛けを考えた人。この仕掛けでは、3個の錠前のそれぞれに、あるタネ部分を押すと、どの鍵でも解錠できるようになる特殊機構が組み込まれている。客が錠前を選んだら、その錠前を取り上げる際にタネ部分を密かに押すようにする。そうすれば、ハンカチから落下したタネの鍵により、その錠前を解錠することができる。

A:原則として、鍵と錠前の具体的な仕掛けを考案したBさんとDさんが特許の権利者になります。

ご質問の特許製品は、Aさん~Eさんの5人のメンバーからなるグループで行われたブレーンストーミングにより生み出されたものであり、5人全員が貢献を果たした結果である、という認識をお持ちのことかと思います。したがって、特許の権利者としては、個人個人ではなく、グループの名義にしたい、と考えるのも自然の流れでしょう。

しかし、実際には、このグループ名義で特許出願することはできません。もちろん、社会人サークル内のグループ名としては、たとえば「○○奇術クラブ ブレーンストーミングチーム第3班」のような名称を用いることは可能ですが、そのような名称は、あくまでもこの奇術クラブ内で通用するグループの名称にすぎず、このようなグループ名で法律行為を行うことはできないのです。

特許出願のような法律行為を行うことができるのは、自然人(つまり個人)や法人(株式会社など)といった者に限られているので、「○○奇術クラブ ブレーンストーミングチーム第3班」のような法人格のないグループ名で特許出願を行うことはできません。したがって、今回のケースでは、AさんとかBさんといった個人名義で特許出願を行うことになるでしょう。

特許出願の書類には、発明者と出願人を記載する必要があります。ここで、発明者とは、文字どおり発明を行った者であり、今回のケースでは発明に関与した複数の個人名が記載されます。一方、出願人は、特許が付与されたときに特許の権利者となる者です。基本的には、発明者=権利者となるべきものですが、特許を受ける権利は他人に譲渡することができるので、譲渡した場合には、発明者と異なる者が権利者となるケースもあります。ここでは説明の便宜上、譲渡が行われることなく、発明者=権利者となる場合を説明します。

さて、今回のケースでは、Aさん~Eさんの5人のメンバーが、それぞれ何らかの役割を果たしており、このオリジナルマジックの発明は、5人の共同作業により生まれたものだ、という認識をお持ちのことかと思います。このような認識に従えば、5人がいずれも発明者になりそうです。しかしながら、特許における発明者の定義は、このような認識とは若干違うのです。

特許法上、発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義されています。「技術的」という言葉がミソです。ここでいう「技術」とは、マジックにおけるスライハンドの技術や技法といったものではなく、「自然法則を利用した技術」、簡単に言えば「科学的な技術」です。したがって、特許法上の発明者とは、このような「科学的な技術」に関してアイデアを提供した者、ということになります。このような観点から、今回のケースにおいて、メンバー5人のそれぞれが特許法上の発明者になり得るかどうかを考えてみます。

まず、Aさんですが、班長としてチームをまとめるリーダーの役割を果たしているようですが、マジックについてのアイデアは何も出していないわけですから、特許法上の発明者にはなりません。一般企業において、チームで新製品の開発を行った場合でも、部長や課長といった管理職としてチームをまとめただけの人は発明者には入りません。心情的には、リーダーのAさんも発明者に加えたいところかもしれませんが、特許出願する上では、Aさんを発明者に入れることはできないのです。

次にBさんですが、この人は、「客が選択した鍵だけが落下する」という発明の根幹となる現象を発案した人という位置付けになると思います。しかしながら、「奇術の現象」を考えた人は、特許法上の発明者にはなりません。なぜなら、「奇術の現象」は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法上の発明)ではないからです。現象自体は科学技術とは無関係です。したがって、特許出願する上では、Bさんも発明者に入れることはできないのです。

Bさんが提案した事項は、結局のところ、「客が選択した鍵だけが落下する、という奇術ができればいいなあ」という願望にすぎず、Bさんは、そのような奇術を実現するための具体的な手段を提案しているわけではないのです。たとえば、「癌を治す治療薬を開発する」という提案を行ったとしても、それは単なる願望にすぎず、具体的な解決策を提案するものではありません。特許法上の発明者は、ある願望を実現するための具体的な解決手段を提案した者でなければなりません。

それではCさんはどうでしょうか? Cさんは、Bさんが提案した「客が選択した鍵だけが落下する」という現象を実現するための具体的な仕掛けを考えた人です。つまり、1本の鍵だけをタネの鍵として、このタネの鍵の頭の部分にスライド可能なシェルを被せ、シェルをスライドさせてシェルの穴だけをリングに通し、指を鳴らすと、シェルを残してタネの鍵本体だけがスライドして落下する、という構造を考えた人です。このような構造は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法上の発明)に該当します。したがって、Cさんは発明者の一人になります。

続いてDさんですが、この人は、「落下したタネの鍵により、選択された錠前が解錠される」という現象を発案した人ですが、その具体的な手段を提案しているわけではありません。つまり、Bさんと同様に現象のみを提案した人ということになるので、特許出願する上では、Dさんは発明者にはなりません。

最後にEさんですが、この人は、Dさんが提案した「落下したタネの鍵により、選択された錠前が解錠される」という現象を実現するための具体的な仕掛けを考えた人です。つまり、3個の錠前のそれぞれに、あるタネ部分を押すと、どの鍵でも解錠できるようになる特殊機構を組み込むことにより、客が選んだ錠前のタネ部分を密かに押せば、タネの鍵で解錠できるようになる、という構造を発案したことになります。このような構造も、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法上の発明)に該当するので、Eさんは発明者の一人になります。

結局、今回のケースでは、具体的な仕掛けを考えたCさんとEさんだけが、特許法上の発明者ということになるので、特許出願書類には、CさんとEさんの2名を共同発明者として記載することになります。権利の譲渡がなければ、この特許の権利者は、CさんとEさんの2名ということになり、Aさん、Bさん、Dさんは、発明者でもなければ権利者でもないことになります。

もっとも、前述したとおり、特許を受ける権利は譲渡することができるので、心情的に特許権については5名のメンバー全員の共有にしたい、ということであれば、CさんとEさんが保有する特許を受ける権利の一部を、Aさん、Bさん、Dさんに譲渡してから出願を行えばよいでしょう。この場合、特許出願書類には、発明者としてはCさんとEさんだけが記載されることになりますが、権利者(出願人)としては、5名全員の名前が記載されることになり、特許権は5人全員によって共有されることになります。

(回答者:志村浩 2022年6月25日)

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