第7回「ミスディレクション」
中村安夫
石田天海『奇術演技研究メモ』より
「自分に適する奇術を選び、これを人の前で公開するに臨んで、とくに必要なことはサイコロジイ・オブ・ミスディレクション(Psychology of Misdirection)である。このミスディレクションを適切に表現する日本語が見当たらないが、言いかえれば「錯覚への誘導」または「相手の精神や五官を欺く術」とでも言えようか。しかし欺くという言葉は穏当ではないので、私はこれを一言で「誘導策」と称している。つまり相手の心理を、たくみにある方向へ誘導する術策がミスディレクションと言える。」
「要するに奇術においては、秘密の動作を表向きの動作でカバーする。これがミスディレクションである。」
「奇術にはこの誘導策がつきもので、これを研究しなかったら、いつでも種がまる見えになってしまう。だから種をにぎって演り方を覚えただけでは演技にならないのである。つまり相手を錯覚へ錯覚へと誘導する心理学的術策がミスディレクションと言える。これが身につかなければ上達はできない。」
【コメント】
いよいよ、天海師は舞台演技論を語り始めました。最初に「ミスディレクション」について、説明されています。この「ミスディレクション」は舞台奇術において最も重要な概念だと思いますが、残念ながら、よいお手本が少ないために、強引で無造作なスティール(ネタ取り)をしている演技を現在でもよく見かけます。
私は幸運にも、日本で初めて開催された国際コンベンション「PCAM東京大会1976.8.19~22」に参加しましたが、メインゲストのフレッド・カップス(オランダ)の演技に魅了されました。私にとって、スティ-ルを完璧にこなすステ-ジマジシャンを生で初めて見たという印象でした。
ああ、これが世界のトップマジシャンのステ-ジなのかと、大きなショックを受けたことを覚えています。その後、たくさんのマジシャンのステ-ジを見てきましたが、未だ彼を越える演技はなかったように思います。何度か来日し、私の好きなマジシャンの一人でもあったリチャ-ド・ロスの演技もカップスの演技と比較してしまうと、どこか見劣りがしてしまいます。そんなわけで、フレッド・カップスのステ-ジは私にとって永遠の理想像です。
(2014年11月28日)