第11回「腹八分」

『奇術五十年』朝日新聞社刊 出版記念会にて(1961年)

中村安夫

石田天海『奇術演技研究メモ』より

「最後に奇術を公開するにあたっての全般的な心得とでもいうべき事がらを申し添えたい。
すべてのことはその出発点がたいせつであるように、奇術もまた観客にふれ合う最初のスタートが全演技を決定する。もし初めの時間に観客の注意をまとめることに失敗したら、最後まで取りかえしが困難である。要するに決定的瞬間は最初にある。」
「いかなる場合にも出演者はその場所がらと、相手と時を正確にキャッチして、あくまで観客本位のプログラムを組まなくてはならない。」
「すべての場合、この引け際が上手だと芸全体が引き締まって、相手に強い感銘を与えることができる。この要領を得ないで、無闇に自己本位の芸を相手に押しつけては、自分が敬遠されるのみならず、奇術そのものの価値までも失う結果となる。」
「これで満場の喝采を得ようとしても無理なことで、万一そこで拍手がきたとすれば、それは「引っ込め」の合図だと心得るべきだろう。」
「腹八分目に切りあげる。このコツが必要である。」

【コメント】

ユニコン貿易出版部(1975年)

社会人マジッククラブの発表会では、演技時間が必要以上に長い人をよく見かけます。私が所属するクラブでも同様です。リハーサル等で、「現象を整理して、手順を短くした方がお客さまの印象がよくなりますよ。」とアドバイスすることが多いのですが、なかなかその意味を理解する人は少ない気がします。以前、その理由を考えたことがありましたが、私の結論は、
「社会人マジッククラブでは発表会以外に、一人や数人でマジックを演じる機会が多い。そのような場合は、時間を持たせることが求められ、結果として一人の演技時間が長くなる傾向がある。そのため、発表会の演技も長くなりやすい。」ということでした。
今後は、そのような人には天海師の言葉を伝えたいと思います。
さて、朝日新聞社(1961年)と日本図書センター(1998年)の石田天海『奇術五十年』では、この稿の最後に「どうやら紙数もそろそろ尽きかけたから、私の話も八分目で切りあげることにする。」という形で「奇術演技研究メモ」が終わっています。
しかし、ユニコン貿易出版部(1975年)版では、さらに17編が続いています。
11月22日から私の連載をお読みいただいたみなさま、ありがとうございました。
小休止した後、連載を再開しようと考えています。引き続き、よろしくお願いします。

(2014年12月2日)

(2021年5月9日追記)

続編の第12回は2021年5月16日から連載を開始する予定です。

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