第27回「天海のペーパーコーンとコイン」

石田隆信

紙のコーンにコインを入れ、火をつけてコインを消失させる方法です。これを天海氏自身から見せてもらった高木重朗氏は、方法を知っていても、いつの間にコインを抜き取ったか分からなかったと報告されています。

このマジックは、まず、1958年3月のGenii誌に解説されます。4月には天海夫妻が帰国され、6月の「奇術研究10号」で翻訳されて掲載されます。「天海師帰国記念特集」として、高木重朗氏が編集されたおみやげ奇術の中で解説されていました。さらに、1974年の”The Magic of Tenkai”に再録されています。

四角形の紙を上記のイラストのように1つの角を頂点にしたコーン状に折り、下の尖った部分を上へ折り上げます。内側を開いて示し、入れたものが抜け出せないことを見せます。その後、口を上へ向けて、親指で外側の紙のサイドを押すと、外側の紙の上の口が開く状態になります。そこへ、コインを落とし入れます。右手はコーンを持ったままで、左手は胸ポケットのペンを取り、コーンの上からコインを叩いて、コインの存在を証明します。場合によっては客に叩かせます。ペンを胸ポケットへ戻すミスディレクションにより、右手の紙コーンを少し傾く状態にするとコインが右手の中に落ち、紙の下で保ちます。この後は、左手もコーンの反対側を触る操作があり、コインを左手へ移し、左手でポケットからライターを取り出してコーンに火をつけています。

高木重朗氏の奇術研究の解説の編者注では、コーンを燃やさない消失法も考案されていたことが報告されています。それはミスディレクションや技法が難しくなるので解説は省略するとのことですが、ペンの代わりにウォンドが用いられていたそうです。私の考えですが、天海氏は左手でコーンに触る操作は避けたかったと思います。左手で触るよりも、バーノンのウォンドを使ったボールのドロップ・バニッシュのように、ウォンドを持った左手が右手のコーンの下を通過する時に、コインを左手に落下させていたのではないかと考えています。または、左手のウォンドをコーンの下を通過して右脇に挟む動作の中で、コインを左手に受け取っていたのかもしれません。ウォンドをどのように使われていたのかが気になります。

ペーパーのコーンを使ったコインの消失は、天海氏以前では1つしか見つけることができていません。エディー・ジョセフの「ザ・コーン・バニッシュ」です。1942年のジョセフ著「コイン・アンド・マネーマジック」の本に解説されています。この方法に比べますと天海氏の素晴らしさが分かります。こちらでは、紙でコーンを作りますが、そのまま外側の部分を開いて、コインを落とし入れています。本来の抜け出せない部分を開いて、内側を見せる操作がありません。天海の場合には、親指をちょっと押すだけの操作で、別の口が開くことを考えられた点に天海氏の素晴らしさがあります。

さらに、ジョセフの方法では、コーンの状態からコインを抜き取らず、コーンを開いて広げています。左指で紙といっしょにコインを持って紙を開き、左手で紙の上部を持った状態にしています。右手を紙から離して、手の裏表を見せて、何も持っていないことを示して紙の下部を持ちます。この時に、左手からコインを落として右手で受け止め、左手を紙から離して、裏表を示します。そして、コインをパームしたまま紙をちぎっています。不思議さが弱い印象の方法ですが、手をあらためて、紙の後部でコインを落とし、左手から右手へ移す考えは面白いと思いました。

1975年の奇術研究73号には、大矢定義氏による天海氏の上記と同じ現象の解説がありますが、タネが全く違っていました。天海氏が名古屋へ移られてから講習された作品の1つです。元の天海師の方法がマニアの間ではよく知られていたためか、それを知っているマニアを不思議がらせる方法になっていました。紙をコーン状にして、内側の抜け出せない部分を開いて、客にコインを入れさせていました。この状態から本来の方法と同様に行われたために、マニアが不思議であったわけです。タネはコインが通過できる大きさのスリットがあるだけです。紙を客に調べさせない限りスリットには気がつきません。一般客の方が抜け出せる穴があると考えますが、本来のタネを知っているマニアの方がスリットがあるとは思っていません。違う考え方を使っていた点に天海氏らしさを感じました。

海外で天海氏の改案は1作品だけ見つけることができました。Jerry Mentzerの”Cone Coin”です。1975年の”Another Close-up Cavalcade”で解説されています。元の作品として天海の名前をクレジットされていますが、タネも見せ方も現象も違うものに変えていました。コーンを作りますが、下の尖った部分を両側の折り畳まれた側に折り上げていました。天海の場合は、反対側へ下の部分を折り上げています。Mentzerの本の解説では、コーンを左手に持って内側を開き、右手でコインを投げ上げてコーンで受け止めています。コーンを傾けて中のコインを滑り落とし、右手に受け取ります。これを2回繰り返し、3回目はコーンの両サイドを少し押して口を閉じさせ、コインをコーンの手前側と折り上げた先端部の間で受け止めます。その後はスムーズな操作でコーンを広げ、コインの消失を見せています。再度、コーンの形に戻し、その中からコインを滑り落とし、右手で受け止めて終わります。

ところで、この分野のマジックの歴史を調べてみました。紙をコーン状にするのは、天海氏以前ではジョセフの1作品だけですが、コインを紙に包んで消失させるのは、かなり以前から演じられていました。四角形の紙の中央にコインを置いて、紙の上下左右を折りたたんで、コインを紙の中央に包み込んだ状態にして消失させています。つまり、コインを秘かに抜き取るわけです。私の調査で最も古い解説が、1890年のホフマン著「モア・マジック」の「折りたたまれた紙からのコインの抜き取り」です。紙の中央にコインを置いて、最初に左右の紙をコインの上へ折り重ねています。次に上側(外側)の部分を手前へ折り重ねる時に、少し手前へ傾けてコインを手前側へスライドさせています。最後に、手前側の部分をコインが入ったまま上へ折り上げます。つまり、コインの抜き取りが可能な状態となります。

次の解説が1902年のLang Neil著”The Modern Conjurer”です。よく知られる方法の元になった解説といえます。四角形の紙を垂直に持って、下側を3分の1より少し多く折り上げて、上側に開いた状態にします。この紙の間へコインをハッキリと入れます。紙と共にコインをつまんで水平にして、開いている側を客席に向け、少し紙を開いて、中央にコインがあることを見せています。長い紙が客側になるように垂直に起こし、開いている側を上向きにして両サイドの紙を客側へ折りたたみます。コインより上側の紙を客側へ折りたたむのですが、これにより、上側の口を閉じた錯覚を与えています。実際には上側の口は開いたままです。この口を下に向ければコインが抜け出します。

これら2つの方法が、1927年の「ターベルシステム」のレッスン23にハンドリングを少し変えて解説され、1941年の「ターベルコース第1巻」にも再録されています。その後、いろいろと改案が発表されていますが、目立ったものがありません。それらに比べて、特に素晴らしかった解説が、最初の上記のNeil著”The Modern Conjurer”です。チャールズ・バートラムのハンドリングを10枚の写真で解説されています。最後の紙をちぎる操作時は、コインがラムゼイ・サトルティーのようにパームされて、両手の手掌を空の状態に見せています。日本では大正9年(1920年)の三澤隆茂著「奇術の種あかし」に、バートラムの10枚の写真をそのまま使って解説されていました。また、1951年の柴田直光著「奇術種あかし」では、バートラムの10枚の写真をイラストに変えて、さらに、補足のイラストも加えて、イラストだけで分かるように解説されていました。

このマジックを大幅に研究して発表されたのがエド・マルローです。1957年の”Coining Magic”の40ページの冊子です。その前半の21ページを使って、「ペーパー・アンド・コイン」の新しい考え方と、それを応用した数作品が発表されていました。天海氏が参加されていたロサンゼルスのラウンドテーブルでは、新しい情報も紹介され、発行されたばかりのマルローの冊子も話題になったと思います。マルローとは1953年のシカゴにおいて、狭心症で入院する前と後の2回会われており、マジックを見せ合って交流された経験があります。マルローが発表した冊子の影響を受けて、数年前のマルローとの交流を思い出し、対抗する作品を作る刺激となった可能性が考えられます。紙とコインを使う方法で、違う発想のペーパーコーンによる方法を考案するきっかけになったのではないかと思いました。

(2021年10月12日)

参考文献

1890 Hoffmann More Magic To Extract a Coin from a Folded Paper
1902 Lang Neil The Modern Conjurer A Coin Wrapped in Paper Disappears
1920 三澤隆茂 奇術の種あかし 紙片に包んだ貨幣の消散
1927 Tarbell Tarbell System Lesson 23 2方法
1941 Tarbell Tarbell Course in Magic 2方法
1942 Eddie Joseph Coin and Money Magic Cone Vanish
1951 柴田直光 奇術種あかし 紙に包む銀貨
1957 Ed Marlo Coining Magic Paper And Coin
1958 Tenkai Genii 3月号 Coin in Cone Vanish
1958 石田天海 奇術研究10号 コーンの中の貨幣
1974 Tenkai The Magic of Tenkai Coin in Cone Vanish
1975 石田天海 奇術研究73号 ペーパーコーンとコイン(大矢定義氏解説)
1975 Jerry Mentzer Another Close-up Cavalcade Cone Coin

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