「奇術師のためのルールQ&A集」第70回
IP-Magic WG
Q:オリジナル奇術用具を製造販売しております。購入者に対してタネ明かしを禁止するための販売方法は何かありますか?
私は、プロ向けの大道具からアマチュア向けの小道具まで、様々なオリジナル奇術用具を製造販売しております。プロ向けの大道具の場合は受注生産により納品をしておりますが、アマチュア向けの小道具の場合、全国の玩具店やデパートなどの販売ルートを利用する他、ネットでの通販も利用しております。
タネの部分は私のオリジナルアイデアなので、YouTubeなどで無闇にタネ明かしをして欲しくありません。販売する際に、購入者によるタネ明かしを禁じるための方策はありますか?
A:販売時に、あなたと購入者との間で「タネ明かしをしない」という個別契約を締結すれば、購入者によるタネ明かし行為を制限することができます。
現在施行されている知的財産法では「タネ明かし」を禁止することはできません。本Q&A集第10回でも説明しましたが、特許法や著作権法といった一般的な知的財産法は、「奇術のタネ」を保護することを全く意図していないので、これらの法律に基づいてタネ明かしを禁じる措置を取ることはできないのです。また、本Q&A集第65回でも述べたとおり、特別な事情がない限り、勝手にタネ明かしをした者を懲らしめるために損害賠償請求などを行うこともできません。
ただ、契約自由の原則に従って、販売者と購入者との間に締結した契約に基づいて、購入者による「タネ明かし」を禁止することは可能です。民法上、「公序良俗」に反する法律行為は無効とされておりますが、奇術用具を販売する際に、購入者に「タネ明かし」を禁止することは「公序良俗」に反するとは言えないでしょうから、「タネ明かし」を禁止する条項が入った契約を締結すれば、当該契約は有効と判断されるものと思われます。
一般に、マジックショップが客に奇術用具を販売する際には、両者間に売買契約が締結されます。もちろん、奇術用具の売買において、いちいち売買契約書を締結することは極めて稀ですが、販売者が「この商品を2000円で販売します」という意思表示をし、購入者が「この商品を2000円で買います」という意思表示を行えば両者間の売買契約は成立します。
たとえば、マジックショップのショーウィンドウに、「トリックデック」を2000円という正札をつけて展示し、来店した客が「このトリックデックをください」と言えば、それだけで売買契約(「トリックデック」の所有権をマジックショップから客に移転するとともに、客がその代金を支払う契約)が成立します。この売買契約が成立すると、マジックショップ側は客に対して「トリックデック」を引き渡す義務が生じ、客側はマジックショップに対して代金2000円を支払う義務が生じます。
それでは、ショーウィンドウに展示してある「トリックデック」に、2000円という正札とともに、「お買い上げのお客様は、決してタネ明かしをしない、という約束を守る義務を負います」という注意書きがあった場合はどうでしょうか? この場合、もし客が、この注意書きの意味を正しく理解した上で「この商品を2000円で買います」という意思表示を行えば、上記売買契約とともに、タネに関する守秘義務契約が締結されたことになり、客はタネ明かしをしない義務を負うことになります。
もし、客がこの守秘義務に反してタネ明かしをしたとすれば、マジックショップは、その客に対して損害賠償請求などを行うことができます。「~をしない」という約束は「不作為債務」と呼ばれており、この約束を破って「~をする」と、債務不履行になるからです。
ただ、「タネ明かしをしない」という約束の内容ですが、「タネ明かし」とは何か、という点で疑義が生じる可能性があります。たとえば、意図的にタネだけをバラす行為は、典型的な「タネ明かし」の行為ですから、それほど疑義は生じないでしょう。具体的には、人体交換の大道具で、2人が入れ替わるタネの部分の写真を公開する行為や透明なジグザグボックスを用いて演技を行う行為が、「タネ明かし」に該当することに異を唱える人はいないでしょう。
それでは、アマチュアマジシャンが四つ玉の演技中に、誤ってシェルを床に落としてしまい、タネがバレてしまった場合はどうでしょうか? この場合は、意図的にタネをバラしたわけではないので、「タネ明かし」には該当しない、という意見が多いでしょう。ただ、1回も練習しないでぶっつけ本番で演技を行った結果、失敗してタネがバレてしまったようなケースは、「タネ明かし」をしたのと同じだ!と非難する人がいるかもしれません。
また、四つ玉のルーティーンを教えるためのレクチャー映像をYouTubeで公開した場合はどうでしょう。奇術のレクチャーをする以上、その奇術のタネを教える必要があるので、必然的に「タネ明かし」を行うことになってしまいます。この場合、「タネ明かしをしない」という約束を破ったことになるのでしょうか?
このような点を考慮すると、「タネ明かしをしない」という契約を締結する際には、後に疑義が生じないように、禁止される行為が明確になるよう「タネ明かし」の実態についてきちんとした定義をしておく必要があるでしょう。以下に、このような点を考慮した契約書の一例を提示しておきます。
奇術用具の売買契約書 奇術用具「XXXXX」(以下、本奇術用具という)の売主である○○○○(以下、甲という)と買主(以下、乙という)は、次のとおり売買契約を締結する。 第1条(基本契約事項) 第2条(タネ明かしに関する制限) 第3条(損賠賠償) 第4条(奇術用具の譲渡) 令和○年○月○日 甲 乙 |
上記契約書の序段部分の「XXXXX」には、この奇術用具の商品名を記載することになり、「○○○○」の部分には、あなたの氏名(もしくは法人名+代表者名)を記載することになります。第1条は、売買契約の基本条項です。第2条が、タネ明かしを禁止するための条項です。第2条第2項に「タネ明かしとは、意図的にタネのみを暴露すること」という定義が盛り込まれており、更に、(1)~(3)号 に、「タネ明かし」にはならない事例が記載されています。(1)号は失敗によるタネ露見、(2)号はレクチャーによるタネの解説、(3)号は大道具などで助手を使って演技を行う場合の助手に対するタネの説明を想定したものです。いずれの場合も、この契約における「タネ明かし」にはならない点が明記されています。
第3条は、「もしタネ明かしをしたら、100,000円の賠償金を払え」という条項であり、実際、購入者がタネ明かしをした場合、賠償金の請求を行うことができます。第4条は、購入者がこの奇術用具を他人に転売するような場合、その他人にも乙と同じ義務(つまり、タネ明かしをしない義務)が課されることを了解してもらう条項です。
奇術用具の販売時に、このような正式な売買契約書を取り交わしておけば、購入者に対してタネ明かしの制限を課することができます。ただ、このような正式な契約書を取り交わすのは、やや大袈裟になるので、受注生産により納品するプロ向けの大道具の場合には適しているかもしれませんが、玩具店やデパートなどで量販する小道具については不適切かもしれません。玩具店やデパートなどで購入する際に、店頭で契約書にサインすることは現実的ではないでしょう。
このような問題を解決するための方法として、「シュリンクラップ契約」という実務手段が提案されており、パッケージ形態のソフトウェア販売などで実際に利用されています。シュリンクラップ(shrink wrap)とは「縮む包装」という意味であり、パッケージなどの外装に用いられる薄い透明フィルムを指しています。通常、パッケージを購入した消費者は、この薄い透明フィルムを破ってパッケージを開封することになるわけですが、パッケージの外面に、「この包装を破った場合は、以下の契約に同意したものとみなします」という警告文を記載しておくことにより、契約が成立したとみなす手法が「シュリンクラップ契約」と呼ばれています。
この「シュリンクラップ契約」の手法を用いれば、契約書を取り交わすことなしに、売主と買主との間の契約が締結できるので、店頭販売やネット通販などで商品を受け渡す際の契約が便利になります。そのため、この「シュリンクラップ契約」は、プログラムなどのソフトウェア販売時に、プログラムの使用許諾契約を締結する際に広く利用されています。
奇術用具を玩具店やデパートなどで販売する際にも、この「シュリンクラップ契約」の手法は有効と思われます。具体的には、奇術用具のパッケージの外面に、たとえば、「この商品を購入するには、下記の契約に同意する必要があります。この商品パッケージの透明フィルムを破った場合、下記の契約に同意したとみなされます。もし同意できない場合は、透明フィルムを破らずに、この商品を直ちに返品してください。」のような記載とともに、前掲のような売買契約書の内容(文末の日付欄や甲乙欄は不要)を印刷しておけばよいわけです。
通常の契約書であれば、購入者が乙欄に署名や押印を行うことにより契約に同意したことの意思表示を行うわけですが、「シュリンクラップ契約」では、商品パッケージの透明フィルムを破る行為が、契約に同意したことを示す意思表示とみなされるわけです。このような「シュリンクラップ契約」が有効な契約であるかどうかについて疑問を呈する意見も出ているようですが、今のところ、このような契約形態を無効とする判例は見当たらないようなので、簡便な方法で購入者によるタネ明かしを制限したい、という要望に応える手法としては有効かと思われます。
なお、商品などをネット販売する際には、「クリックオン契約」という手法も知られています。具体的には、ネット通販画面で購入条件を提示しておき、この購入条件に対して「同意」ボタンを用意し、「同意」ボタンをクリックした後でなければ購入手続に進めないようにする手法です。たとえば、奇術用具のネット購入手続画面に、「この商品を購入するには、下記の契約に同意する必要があります。」のような記載とともに、前掲のような売買契約書の内容(文末の日付欄や甲乙欄は不要)を提示しておき、「同意」ボタンを用意しておけばよいわけです。
通常の契約書であれば、購入者が乙欄に署名や押印を行うことにより契約に同意する意思表示を行うわけですが、「クリックオン契約」では、「同意」ボタンをクリックする行為が、契約に同意したことを示す意思表示とみなされるわけです。このような「クリックオン契約」についても、有効な契約であるかどうかについて疑問を呈する意見も出ているようですが、前述の「シュリンクラップ契約」と同様に、簡便な方法で購入者によるタネ明かしを制限したい、という要望に応える手法としては有効かと思われます。
(回答者:志村浩 2022年4月16日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
- 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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