「奇術師のためのルールQ&A集」第73回

IP-Magic WG

Q:昨年亡くなった師匠のオリジナルマジックの作品集を発刊したいと思っていますが、ご遺族に了解を得る必要があるのでしょうか?

私は、「ゴーン夢堂」というプロマジシャンの弟子を30年近く務めて参りましたが、残念ながら、師匠は昨年他界致しました。師匠は、クロースアップマジックからステージマジックまで幅広くこなしてきており、オリジナルの作品も数多く生み出してきました。ステージマジックの道具については特許も取得しています。

そこで、師匠の一周忌を迎えるにあたり、師匠のオリジナルマジックの作品集を「マジシャン ゴーン夢堂 作品集」と題して発刊したいと思っています。第1部では、師匠の芸歴を写真を交えながら説明し、第2部では、クロースアップマジックのオリジナル技法や作品を紹介し、第3部では、ステージマジックのオリジナル道具を紹介する予定です。

師匠は生涯独身で、身寄りは妹さんが一人いるだけです。このような状況で、上記作品集を発刊する際には、ご遺族の妹さんの了解が必要になるのでしょうか? この妹さんとは、葬儀の際にお会いしましたが、その後、消息がわからず、現実的には了解を得ることは困難です。

A:基本的に、作品集の原稿をあなたの手で書き起こしたのであれば、法的には遺族の了解を得る必要はありません。

あなたは、30年間もゴーン夢堂師の弟子を務めてきたのですから、師匠のオリジナルマジックの内容を熟知しており、これを後世に遺しておきたいと考えるのも当然です。また、師匠のこれまでの業績の集大成となる作品集を発行するわけですから、事前にご遺族の了承を得ておきたいという気持ちが湧くのも至極当然です。

もちろん、出版にあたり、倫理的にはご遺族の了解をとるべきでしょうが、唯一の身寄りである妹さんが消息不明ということであればやむを得ないでしょう。少なくとも、法的な側面から見れば、今回の出版にあたり、基本的には遺族の了解を得る必要はないと言えます。作品集の印税も、すべてあなたのものになり、遺族に対して対価を支払う義務はありません。以下、作品集の各部分について、この点を具体的に検証してゆきます。

まず、作品集の第1部では、師匠の芸歴に触れるとのことですが、この部分は、弟子の目から見た師匠の経歴を記載するものですから、原稿があなたの手で新たに書き起こされたものであれば、著作権はあなたに帰属することになり、出版にあたって遺族の承諾を受ける必要はありません。

ただ、芸歴を写真を交えながら説明する場合、使用する写真については留意する必要があります。写真を作品集に掲載する際に注意すべき点は、その写真の著作権です。あなた自身が撮影した写真を用いるのであれば問題は生じませんが、他人が撮影した写真を無断借用する際には、著作権侵害とならないよう注意する必要があります。

師匠はプロマジシャンとして長年活躍してきた方なので、これまで、多数の者によって多数の写真が撮影されていると思われます。通常、個々の写真には撮影者の名前が書いてありませんので、いつ誰が撮影したのかを確認するのは非常に困難でしょう。また、写真には、プロのカメラマンに依頼してスタジオで撮った本格的なものから、素人が簡易カメラやスマホで撮ったいわゆるスナップ写真に至るまで、様々なものが含まれているでしょう。

一般に、プロのカメラマンに依頼して撮った商業用写真の場合、創作的な表現が認められ、そのカメラマンの著作権が発生しています。ですから、師匠が写っているポスターなどの写真については、無断で転載すると、著作権侵害のおそれが生じます。一方、素人が撮影したいわゆるスナップ写真については、「シャッターを押しただけなので創作的な表現ではなく、著作権は発生しない」という意見もありますが、撮影者が「写真の構図、アングル、ズーム、焦点位置などを工夫して撮影したので、著作物に該当する」と主張した場合、それが認められる可能性があります。したがって、できる限り、あなた自身が撮影した写真を用いるのが好ましい、と言えます。

やむ得ず、他人が撮影した写真を転載する場合には、著作権法上の「引用」という手法を採るのが無難です。この「引用」に該当すると認められれば著作権侵害の問題は生じません。ただ、「引用」に該当すると認められるためには、対象となる写真が公表されていること、本文と引用部分とが区別されており、かつ、本文が主、引用部分が従となる関係にあること、引用の目的に照らして正当な範囲内であること、出典を明示すること、引用部分を改変しないこと、といった条件を満たすことが必要とされています。

たとえば、Webページで公開されている写真の中に、師匠がマジックを演じている写真があった場合、この写真を転載する際には、本文の中で、その演技などについての十分な説明を行い(つまり、本文が主、写真が従となるような掲載内容になるようにし)、転載元のURLなどを明記して出典を明らかにすれば、一般的には「引用」として認められるでしょう。

なお、写真に人物が写っている場合、その人物の肖像権が問題になることがあります。この肖像権は、法律で明文化されたものではなく、判例上認められている権利であり、自己の容貌をみだりに写真などにされたり,これを利用されたりすることのない権利、とされています。この肖像権には、プライバシー保護という側面と、商業利用から生じる経済的利益の保護という側面があるとされています。今回の作品集では、師匠の写真を掲載したとしても、一般的には師匠のプライバシーを侵害するわけでもなく、経済的利益を損なうわけでもないので、写真を利用しても、師匠の肖像権に関する問題は生じないと思われます。

続いて、作品集の第2部について考えてみます。第2部には、クロースアップマジックのオリジナル技法や作品を紹介する、とのことですが、そもそもマジックの技法やマジックの作品自体には、著作権は発生しません(詳細は、Q&A集第1回Q&A集第3回を参照)。もちろん、技法や作品を紹介するための文章やイラストには著作権が発生しますので、師匠がそのような文章やイラストを遺していた場合に、これらの文章やイラストを無断転載すると、著作権侵害の問題が生じます。

今回のケースでは、あなたは、30年間もの弟子生活をおくってきたわけですから、師匠のオリジナルマジックの技法や作品については、師匠から直接見聞きすることにより、既に、あなたの身についているものと拝察致します。したがって、これら身についた知識や経験に基づいて、あなた自身の手により、イラストを描き、文章を執筆して、これらの技法や作品を紹介する内容を作品集に掲載すれば、掲載内容の著作権はすべてあなたに帰属することになります。

上述したとおり、マジックの技法やマジックの作品自体には著作権は発生しないので、この第2部の掲載内容に関して、師匠は、何ら法的な知的財産権を保有しておりません。もちろん、この作品集を読んだ読者が、ゴーン夢堂師の技法を使って、その作品を勝手に演じることも自由です。したがって、当然、法的には遺族の承諾を得る必要もないわけです。

最後に、作品集の第3部について考えてみます。第3部には、ステージマジックのオリジナル道具を紹介する、とのことですが、まず、道具に関する著作権については問題ありません。これは、マジックの道具そのものは、通常、「創作物」ではあっても、著作権法上の「創作的な表現」には該当せず、著作権法の保護対象となる著作物にはならないからです。

もちろん、道具の外装に芸術的な絵画が描かれていたとか、形状が彫刻のような芸術性を帯びていたなど、その道具自体が芸術作品と呼べる程度の創作物であった場合、その道具は著作物になる可能性はありますが、そのような場合であっても、外装の絵画の部分を削除して掲載するとか、道具の形状を若干変更してシンプルなデザインにして掲載する、といった方法を採れば、これらの道具を第3部に掲載しても著作権法上の問題は生じません。

なお、ステージマジックの道具の中には、特許を取得したものがある、とのことですが、そのような特許を取得している道具であっても、作品集に掲載する上で特許法上の問題は何ら生じません。特許は、特許製品を無断で製造したり、販売したりする行為を禁じる制度ですが、特許の内容を公開したり、説明したりする行為を禁じるものではないからです。ですから、第3部に特許製品の道具の紹介記事を掲載しても問題は生じません。

ただ、特許を紹介するために、特許公報を転載する際には、著作権侵害のおそれがあるので注意する必要があります。著作権法上、法令や政府が発行する告示、訓令、通達などは、例外的に著作権の目的にはならない、とされておりますが、特許公報はこの例外には該当しない、とするのが通説になっております。したがって、第3部に特許公報の内容をそのまま掲載して説明に代えることは避けた方がよいでしょう。

(回答者:志村浩 2022年5月7日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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