「奇術師のためのルールQ&A集」第74回

IP-Magic WG

Q:大学の奇術サークルの発表会で、プロやアマチュアマジシャンの演技の一部を真似して取り入れた内容を演じるつもりですが、何か法的問題は生じますか?

大学の奇術サークルの部員です。プロマジシャンの演技や、社会人のアマチュアマジシャンの演技などを見て、ユニークなアイデアだな!と思った部分を自分の演技に取り入れて、次回の発表会で演じる予定です。要するに、他人のアイデアの一部を勝手に真似するわけですが、法的な問題は生じないのでしょうか?

もし、発表会の演技が脚光を浴びてTV出演の声がかかり、この他人のアイデアを真似した演技がTV放映されるようなことになった場合は大丈夫なのでしょうか? この他人のアイデアに特許が取得されているような場合も心配です。また、一般に、プロマジシャンの演技は勝手に真似してはいけないが、アマチュアマジシャンの演技は真似してもよい、というような規則はあるのですか?

A:お話を伺う限り、一般的には法的問題は生じないように見受けられますが、個々の問題について、以下に解説します。

他人の発表会の演技や、プロマジシャンの演技を見て、様々なアイデアや演出を自分の演技に取り込むことは、ごく普通に行われています。したがって、他人の演技を参考にして、自分のオリジナル演技を構築することは、倫理的にも、問題ないものとされているでしょう。ただ、非常にユニークなアイデアを、そっくりそのまま真似した場合、何らかの後ろめたさを感じるかもしれません。

今回のケースの場合、もし、真似された人があなたに法的に文句を言うとすれば、「あなたの行為は、私の○○権を侵害する違法行為だ!」と主張する必要があります。ここで、○○権にあてはまる権利は、主として著作権であり、場合によっては特許権(実用新案権も同様)や意匠権も関係してきます。この○○権に該当する権利がなければ、法的には何ら問題はありません。そこで、これら○○権について順に説明をしてゆきます。なお、以下に述べることは、あくまでも法的問題であり、倫理的な問題には触れておりません。

倫理的な問題は、結局、あなたの気持ちの問題ということになるので、何らかの後ろめたさを感じているのであれば、その他人の許可をとるのがよいでしょう。ただ、万一、許可が得られなかった場合でも、以下に述べる法的問題をクリアしていれば、勝手に真似したことについて法的責任が問われることはありません。

まず、著作権について考えてみます。著作権に関しては、真似した部分が著作物性を有しているかが問題になります。著作権法上の保護対象は著作物なので、真似した部分が著作物に該当しなければ、そもそも著作権侵害の問題は生じません。著作権法上、著作物は「思想または感情の創作的表現」と定義されていますが、かなり曖昧な定義です。

奇術に関して言えば、まず、「奇術の現象」は著作物には該当しません。たとえば「空のシルクハットからウサギを取り出す」というのは、奇術の現象ですが、このような現象自体は著作物には該当しません。もちろん、シルクハットからウサギを取り出す奇術は、素人でも知っているようなありふれた奇術ですから、「創作性」に欠けています。このような奇術を演じたとしても、誰かの真似をした!と糾弾されることはないでしょう。

それでは「置き時計からウサギを取り出す」という現象はどうでしょうか? あまり見たことがない現象ですね。たぶん、A氏がそのような奇抜な奇術を初めて演じた後に、B氏が同じ現象の奇術を演じたとすれば、「B氏はA氏の真似をした!」と言われることでしょう。ただ、この場合、B氏がこの現象を真似しただけでは著作権侵害の責を問われることはありません。なぜなら、「置き時計からウサギを取り出す」という現象自体は著作物ではないので、B氏の行為は違法行為にはならないからです。つまり「置き時計からウサギを取り出す」という現象を演じることは、誰でも自由にできるのです。

著作権の存続期間は著作者の死後70年ですから、著作者が創作時から30年間生存していたとすると、100年間もの間ずっと保護されるわけです。ですから、もし「置き時計からウサギを取り出す」という現象について著作権が認められると、100年間は、誰も「置き時計からウサギを取り出す」という奇術を許可なしに演じることはできなくなります。これはちょっと行き過ぎですよね。ですから、奇術の現象自体については著作権は認められていないのです。

では、どの程度の内容であれば、真似すると著作権侵害の問題が生じるのでしょうか? たとえば、こんな演技を考えてみましょう。ステージの上に、2台の振り子付き置き時計が置かれています。向かって左側の置き時計は背がかなり高く灰色をしており、右側の置き時計は若干背が低く茶色をしています。奇術師は、左側の置き時計の正面ガラスを開き、振り子が左へ触れた瞬間に右側の隙間に手を突っ込んでウサギを取り出し、振り子が右へ触れた瞬間に左側の隙間に手を突っ込んで別なウサギを取り出します。こうして、振り子が左右に触れるのを利用して、隙間から次々とウサギを取り出してゆきます。

続いて、奇術師は、右側の茶色の置き時計の針を指でグルグルと回し、12時を示す位置までもってゆきます。すると、時計は、ボーン、ボーンと時報を告げますが、ボーンと鳴るごとに、置き時計の天板の上に突然1匹のウサギが現れます。奇術師は現れたウサギを手でつかんで檻へ入れてゆきます。こうして、時を告げるボーンという音が12回鳴り響き、合計12匹のウサギが置き時計の上空に次々と現れ、順次、檻に入れられてゆきます。

奇術師が、ざっとこんな手順で演技を行ったとすると、おそらく、この演技全体は著作物に該当すると認められるでしょう。この奇術は、たしかに「置き時計からウサギを取り出す」という現象の奇術ですが、上記詳しい手順によると、2台の置き時計を用い、それぞれについて独特の演出をもってウサギを出現させているので、演技全体は「思想または感情の創作的表現」に該当すると判断されるためです。

したがって、他人が上記演技を行った場合、あなたの演技に、この他人の演技をそっくりそのまま取り入れてしまうと、著作権侵害の問題が生じる可能性があります。どこまで真似が許されるかは、演技の内容次第ですが、上例の場合、2台の置き時計を用いて、一方の置き時計からは振り子の隙間を利用してウサギを取り出し、他方の置き時計からは時報の鐘に合わせて時計上方からウサギを取り出す、という演出を行うと、著作権侵害と判断されても止むを得ないかと思います。

まあ、この程度まで似た演技を行えば、誰が見ても演出を真似したと感じることでしょう。ですから、この他人の演技を参考にして、あなた自身の演技を構築するのであれば、真似をするのは「置き時計からウサギを取り出す」という現象部分だけに留め、具体的にウサギを取り出す手法や演出は、あなた自身で考案するべきでしょう。前述したとおり、上記演出に著作権が認められれば、著作者の死後70年は、他人が勝手にその演出を真似することができなくなるわけですが、上記演出はかなり限定されたものであり、そのような限定的な権利が70年存続したとしても、他人の自由な演出を阻害することにはならないでしょう。

要するに、他人の演じた奇術の現象を真似することは問題ないが、その他人が演じた奇術の細かな演出の部分までそっくりと真似すると、著作権侵害の問題が生じるということです。これは、奇術の発表会で演技をする場合に限らず、TV出演して演じたり、YouTubeで演じたりする場合も同様です。

次に、特許権(実用新案権も同様)や意匠権についての問題に触れておきます。通常、奇術の道具について、特許権や意匠権を取得する人は少ないかと思いますが、道具に特許権や意匠権が取得されていると、その道具を真似する場合には注意が必要です。たとえば、上例の置き時計について、特許権や意匠権が取得されていると、これをそっくり真似した場合、特許権や意匠権を侵害することになります。

もっとも、特許権の場合は、仕掛けが同じかどうかが問題となるので、同じ現象を実現する道具であっても、仕掛けが異なれば特許権侵害の問題は生じません。これに対して意匠権の場合は、道具の外観デザインが問題となるので、外観デザインを変えてしまえば問題は生じません。したがって、新しくデザインした置き時計の道具(形状や色、模様などを変えた道具)を制作すれば、意匠権の存在を気にする必要はないでしょう。特許権が心配な場合は、特許庁のWebページで特許公報を検索すれば、その道具に関連する特許が取得されているか否かについて、必要な情報を得ることができます(特許公報の調べ方は、Q&A集第57回参照)。

なお、特許権や意匠権については、産業政策上の検知から「業としての実施」でなければ権利は及ばない、とされています。したがって、あなたが大学の発表会で1回だけ演技を行うような場合は、特許権や意匠権の心配をする必要はありません。但し、同じ演技をいろいろな発表会で何度も披露するような場合や、TVに出演して演じたり、YouTubeで演じたりする場合は、「業としての実施」と判断される可能性があるので注意が必要です。

プロとアマの相違に関する最後のご質問については、プロマジシャンの演技は勝手に真似してはいけないが、アマチュアマジシャンの演技は真似してもよい、というような規則はありません。プロマジシャンが演じようが、アマチュアマジシャンが演じようが、その演技の内容に著作物性が認められれば、あるいは、その演技に用いる道具に特許権や意匠権が取得されていれば、いずれも同様の法的保護が得られます。

(回答者:志村浩 2022年5月14日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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