第13回「奇術の選択と準備」

『奇術五十年』ユニコン貿易出版部(1975年)より

中村安夫

石田天海『奇術演技研究メモ』より

「趣味としての奇術は、舞台以外の場所、たとえば忘年会や新年会など、料理屋のお座敷とか、または幼稚園、小・中学校の講堂とか、教会、会社の祝い事というような場所で、演ずることが多いと思う。」
「そのようなとき、自分の演ずる奇術になんらの考慮も払わず、平素の芸を持参して、そのまま上演するとすれば、それは冒険的なことである。自分の芸が奇術であるがために、先方の場所と観客の階級を調べたうえ、適当と思われる奇術を選択するということが極めて重要なことである。」
「自分の演ずる奇術の番組みを作るときに、あの奇術は巧妙にできているが古いからと言って見捨てて返り見ない人もいるが、観客は素人であって奇術師ではない。したがって、古い新しいの問題ではなく、要は楽しく面白い奇術を見せることであろう。」
『芸術も、下手も上手もなかりけり、行く先々の水に合わねば』
「以上のことを要点だけくり返すと、まず、観客の知識階級と、男ばかりの集まりか婦人同伴か、子供たちも連れているか、そして人数などを確かめ、そこからどんな奇術が喜ばれるかを考えて種目を選び出す。さらにその種目が上演できる会場かどうか、つまり会場の大小、照明、音響設備はどうか、背景はどうかなど、すべての設備を先に調べる。またさらには他の出演者、用意する楽屋等があるかなどを知り、はじめて自分のプログラムを決めるのである。」
「私は若いころアメリカで、おきぬと二人だけで一時間半にわたる長い奇術をやって歩いたことがある。奇術の数は四つや五つではない。沢山の奇術の順番も紙に書いておくのだが、これも三通は書いて、一通は舞台前のマイクロホンの前方足元におく。次の二通は各々の奇術用品のおいてあるテーブルにおく。私とおきぬの持ち芸を色分けして書く。すなわち、私のやる芸は黒色、おきぬの奇術は赤色で書いておく。こうしておけば、次の奇術に移行するのに、間違いやもどかしさがなく、スムーズに運べるという次第である。」

【コメント】

天海師のアドバイスは、アマチュアマジシャンにとっても役に立つ内容が多く含まれています。

横浜マジカルグループ50周年記念誌より

具体的に書かれているのは、天海師が34年間のアメリカ生活を終えて日本に帰国した後、精力的に全国のマジッククラブの発表会に足を運ばれたためだと思います。私が所属する横浜マジカルグループの第1回初春奇術大会(1963年1月12日)にも来場され、飛び入り出演されたことが記録されています。

石田天海師飛び入り出演

(2021年5月23日)

⇒  バックナンバー(目次)