「奇術師のためのルールQ&A集」第59回

IP-Magic WG

Q:レクチャーノートに掲載されているフォールスカウントの内容を書籍に転載したいのですが、原作者は既に他界しており転載の許可を得ることができません。どのような方法で転載すればよいですか?

私は、これまで数冊の奇術書を執筆してきた奇術研究家です。次の著作として、様々なフォールスカウントについて、それぞれの技法とこれを用いた作品を網羅した「フォールスカウント百科事典」を発刊する予定です。この本の中に、日本人のプロマジシャンF氏が考案した「ファビュラス・カウント」というフォールスカウントの技法と、この技法を用いたF氏のカードマジックをいくつか収録したいと思っています。

この「ファビュラス・カウント」という技法は、あまり知られていませんが、20年ほど前に参加したF氏のレクチャーで指導を受けて習得したものです。当時配布されたF氏のレクチャーノートには、この技法の詳細と、これを使ったF氏のカードマジックがいくつか掲載されています。

F氏のレクチャーノートでは、多数の図面と丁寧な解説文により、非常にわかりやすい説明がなされています。そこで、私の上記著作には、このレクチャーノートの図面と解説文をそのまま転載したいと思います。ところが、F氏は10年前に他界しているため、もはや転載の許可をとることができません。このような場合、私の著作にどのような方法でレクチャーノートの内容を転載すればよいでしょうか?

A:権利者の所在が不明の著作物は「オルファンワークス」と呼ばれており、その利用者にとっては、やっかいな問題が生じています。

レクチャーノートの著作者であるF氏は、既に他界しているそうですが、F氏が他界したからといって、レクチャーノートの著作権が消滅するわけではありません。著作権は、家、土地、車、預金など、一般の財産と同様に相続の対象となるからです。著作権の存続期間は、原則として著作者の死後70年とされておりますので、F氏が10年前に死亡したとして、あと60年間は著作権が有効に存続することになります。

したがって、F氏に、妻や子などの相続人がいた場合、レクチャーノートの著作権はこれら相続人に相続されており、現在の著作権者はこの相続人ということになります。もっとも、これら相続人は、おそらくレクチャーノートの著作権が相続財産になっていることなどは知る由もないでしょうから、遺産分割時には、著作権を誰が相続するかを協議することもなかったでしょう。

結局、現時点では、このレクチャーノートの著作権者が誰であるかを特定することもできない状態にあると言えます。したがって、通常の法的手続を踏むということであれば、まず、相続人を探す作業を行い、その相続人から転載の許可を得る必要があります。F氏の相続人が複数いた場合は、レクチャーノートの著作権を誰が相続するのかを話し合って決めてもらった上で、決められた相続人から転載許可をもらう必要が生じます。

このように、著作権者が不明の著作物は、一般に「オルファンワークス」と呼ばれており、著作物を利用したい出版社や放送局などにとって、非常にやっかいな問題を生じさせる要因になっています。「オルファン(orphan)」とは「孤児」、「ワークス(works)」とは作品を意味しています。つまり「オルファンワークス」というのは、著作権者(親)の行方が不明になったために孤児となってしまった作品(子)を指しています。

このようなオルファンワークスについて、どうしても利用許可を得る必要がある出版社などは、まず、著作権者と思われる人の住所を訪ね、既に著作権者が転居しているような場合には、近所の住人や商店街に聞き込みをして、転居先を聞き出すような苦労を重ねているようです。したがって、ご質問者のケースでも、もし著作権者から正式に転載許可を得たい場合には、何とかF氏の生前の居所を探し出し、ご家族を見つけてお話しをする必要があります。

なお、F氏が独り身であり、相続人となるべく家族や親族がいない場合、民法によると、相続財産は国庫に帰属すると定められているので、F氏の家、土地、車、預金などの財産は国のものになります。ただ、著作権については、著作権法の特例により、F氏の著作権は消滅することになっています。したがって、もしF氏に相続人がいない場合、レクチャーノートの内容はパブリックドメイン(公有財産)となり、誰でも自由に利用できるようになります。

しかし現実的には、20年ほど前に参加したレクチャーで配布されたレクチャーノートの情報に基づいて、F氏に相続人(家族や親族)がいたのかどうかを調べることや、相続人がいた場合はその所在を探し出すことは極めて困難かと思われます。そうなると、F氏の著作であるレクチャーノートは、著作権者の許可を得られないため、誰からも利用されることなく埋もれてしまう残念な結果になります。

このような事態を考慮して、著作権法には「裁定制度」というものが規定されています。この制度では、著作権者が不明の場合、文化庁長官の裁定を受けることにより、その著作物を合法的に利用できるようになります。ただ、裁定を受けるためには、次の2つの条件が必要になります。

第1の条件は「相当な努力を払っても、その著作権者と連絡ができないこと」であり、第2の条件は「その著作物の通常の使用料に相当する補償金を供託すること」です。第2の条件をクリアするには、補償金を所定口座に払い込めばよいわけですが、第1の条件をクリアするのは、かなりハードルが高いでしょう。裁定申請書には、この第1の条件を満たしていることを記載しなければならないので、あなたが実際に「相当の努力」を払って著作権者を探す行動をしたことを示す必要があります。

音楽については、日本音楽著作権協会(JASRAC)などに問合せて著作権者を探し出す方法があり、小説については、日本文藝家協会などに問合せて著作権者を探し出す方法があります。しかし、奇術に関しては、そのような著作権管理団体が存在しないため、第三者機関に問い合わせて探し出すという方法は取れないでしょう。結局、あなた自身が何らかの方法でF氏個人の過去の消息をたぐってゆき、現時点の著作権者を探す必要があります。

もし、レクチャーノートにF氏の事務所や自宅の住所、あるいは電話番号などが記載されていた場合には、そこからF氏の家族を探す手がかりがつかめるかもしれません。そのような努力の甲斐なく、相続人にたどりつけなかった場合には、とりあえず、そのような努力の経緯を記載した裁定申請書を文化庁に提出してみてはいかがでしょうか? 文化庁ではこの申請書を勘案して、裁定処分か、裁定をしない処分かを決定します。裁定処分が得られれば、レクチャーノートの内容を「フォールスカウント百科事典」に合法的に転載することができます。

以上、F氏の著作権の相続人を探して転載許可を得る方法や、文化庁に対して裁定申請を行う方法を説明しましたが、いずれにしても、かなりの労力を強いられることになるでしょう。このような点を考慮すると、ご質問のケースの場合、F氏の著作権に抵触しない方法による掲載を行うのが現実的と思われます。

具体的には、「ファビュラス・カウント」という技法の説明や、この技法を使ったF氏のカードマジックの紹介を、あなた自身の文章として新たに書き起こせばよいのです。F氏のレクチャーノートには、多数の図面と丁寧な解説文が掲載されているとのことなので、たしかに、このレクチャーノートの図面と解説文をそのまま転載できれば好都合ですが、F氏の著作権の問題がクリアできない以上、そのまま転載することは違法行為です。

そもそも、奇術の技法には、著作権や特許権は発生しません(Q&A集第3回を参照)。したがって、「ファビュラス・カウント」という技法自体には、著作権は存在していません。誰でも、この「ファビュラス・カウント」という技法を使って演技を行うことができますし、自分の言葉を使って、この「ファビュラス・カウント」という技法を説明する文章を書いて公表することもできます。

F氏のレクチャーノートについて生じている著作権は、F氏が書いた文章と図面そのものについてです。ですから、このF氏の文章と図面をそのまま転載すると著作権侵害の問題が生じますが、あなた自身の手で、新たな文章と図面を作成して「フォールスカウント百科事典」に掲載すれば、著作権侵害の問題は生じません。

また、奇術の現象についても、一般的には、著作権は発生しません。たとえば「それぞれエースを含んだ4つのカードパケットをテーブルの上に置き、おまじないをかけると、4枚のエースが1つのパケットに集まっている」という、いわゆるフォアエースの基本現象自体は著作物とはみなされず、また、そのような現象を起こすための手順自体も、著作物とはみなされません。

あなたが起草予定の「フォールスカウント百科事典」には、「ファビュラス・カウント」という技法を用いたF氏のカードマジックをいくつか収録する予定とのことですが、これらF氏のカードマジックの現象や手順自体には、一般的には著作権は発生しないと考えられます。もちろん、マジックの演出に物語性が加わっているような場合は、著作物としての創作性が認められて著作権が発生する可能性はありますが(Q&A集第1回の白雪姫の演出を参照)、ご質問のケースのように「ファビュラス・カウント」という技法を紹介するためのカードマジックであれば、著作物としての創作性が認められる可能性は低いと思われます。

したがって、F氏が考案したカードマジックであっても、その手順をあなた自身の文章および図面を使って説明するのであれば、F氏の著作権に抵触することはありません。結局、「ファビュラス・カウント」という技法の説明であれ、この技法を使ったF氏考案のカードマジックであれ、あなた自身が新たに起草した文章や図面を使って掲載するのであれば、F氏の著作権には抵触しないので、著作権者から転載許可を得る必要はありません。

なお、「あなた自身の文章および図面を使って説明する」場合、F氏のレクチャーノートを見ながら、あなた自身の文章や図面を書いてゆくと、どうしてもF氏の文章や図面に引きづられてしまい、F氏の文章や図面を模倣したのではないか、と疑われる可能性があります。F氏の創作的表現を模倣したと認定されると、著作権に抵触することになるので注意が必要です。原著作物の模倣と認定されないための具体的な手法については、Q&A集第45回に具体例が掲載されているので参考にしてください。

(回答者:志村浩 2022年1月29日)

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